1番目の90:世界エイズデー
世の中には「〇〇の日」がごまんとある。その日が近づくとどこかで聞いたような食傷気味のスローガンが叫ばれる。がん検診に行きましょう。戦争は悲惨です。大切な子供たちに愛を。
そんなことわかってる。
僕らは忙しいのだ。すべてのデーに目を向けるなんて無理だし、結論わかりきっている話に興味がわくわけもない。
世界エイズデーは、僕にとってまさにそんな「デー」の一つだった。どうせ検査とコンドームの話でしょ?知ってるよ。そう言って一度も関心を寄せなかった。
そして結局、僕はHIVに感染した。
もちろん僕がエイズデーに関心を持っていたら感染しなかったのかと言われれば、それはわからない。ただ、初めてエイズデーに目を向けて、気づいたことがひとつある。
それは「デー」は「知る日」というより「考える日」だということ。
もし聞き飽きたメッセージが繰り返されているなら、それは訴えられている内容が未だ実現できずにいるという反証。がん検診に行こうと叫ばれつづけながらもあなたが一向に重い腰をあげないのは、どうしてなのか。がんデーには、それを考えてみる。
もし聞きなれないメッセージが発信されているなら、それはあなたの認識の何かがアップデートされていない証拠。今年の「世界こどもの日」のユニセフのテーマは「KidsTakeOver(子供が世界をジャックする)」。あなたが勝手に思い描いていたスローガンっぽいものと、何が違うのか。世界こどもの日には、それを考えてみる。
考え始めれば、どうしたって考える道具としての知識が必要になってくる。そのとき初めて、知識にアクセスすればいい。まあ、このあたりは、発信側もメッセージの示し方の工夫が必要なんだと思うけど。
今日12月1日は「世界エイズデー」。
いろんな標語が発信されている中、あなたに「考えるデー」を過ごしていただけるきっかけとして、「90-90-90」という言葉を紹介したい。
「90-90-90」は、UNAIDSが掲げるHIV感染症の行動目標で、
- HIVを持っている人の90%が自分がHIVを持っていること(HIVステータス)を知っていて、
- その人たちの90%が持続的に治療にアクセスできていて、
- さらにその人たちの90%がHIVが血液から検出されない
という状態を世界レベルで作ることを目指す内容だ。設定された目標達成の期限は2020年、三年後である。
さて、あなたは現状をどう予想するだろう。今の世界や日本で「90-90-90」はどのくらい達成されていると思うだろう?
世界規模では、残念なことに3つとも目標には遠く及んでいない。1・2・3と番号が進むにつれて60%・50%・38%と達成率は落ちていく(これが何を表しているのか?を考えるのも、考えごたえがあるテーマだと思う)。
Source :90-90-90: treatment for all | UNAIDS
一方の日本では、2(持続的治療)と3(ウイルス抑制)は、余裕で達成できている。90を95に引き上げても、2番と3番はクリアできていると言う人さえいる。
つまり、いまの日本では
- ひとたびHIV陽性であるとわかれば、ほぼすべての人が専門的な治療にアクセスしつづけられる体制が整っていて、
- ひとたび治療にアクセスすれば、ほぼすべての人がウイルスが血液から検出されない状態になるほど有効な治療が提供されている
ということだ。予想は合っていただろうか。
※ ここまで読んで「HIVが検出されなくなるような治療がそんなに広く普及してるんだ!」 という点に驚いている人もいるだろう(2年前までの僕を含む)。そんなあなたは、ぜひその驚きを大切にしながら読み進めてほしい。
ここで、1番の90(自覚)に注目したい。今の日本では、最初の90だけが未達成だ。
どのくらい未達成なのか。最新の調査によると、自分のHIVステータスを知っている人は、陽性者全体の「80%程度」。つまり、HIVを持っている人の5人に1人が、その事実に気づいていない。
「自分がHIV陽性であることに気づいていない陽性者」の存在は、HIV感染予防を目指す社会にどんな影響を与えるのか。治療へのアクセス・ウイルス抑制の実現が極めてスムーズなのと対照的に、陽性者が「自分は陽性」と知ることが妨げられているのは、どうしてか。
日本はどうすれば1番目の90を達成できるのだろう。今年のエイズデーと週末、ぜひ一度考えてみてもらいたい。
考えにいきづまったとき参考になる記事を紹介しておく。あなたの考えを深めるのにきっと役立つ。
今年のエイズデーの国内スローガンは「UPDATE!エイズのイメージを変えよう」。ここまでお付き合いいただいたあなたなら、仮に僕の投げた問いに答えが見つかっていないとしても、実はとっくにこのスローガンを実践できていたりするのだと思う。