HIROTOPHY / 会社員ヒロトの免疫低めブログ

免疫低めの会社員・裕斗のブログです。Living with HIV and undetectable.

HIROTOPHY

BPM-戦争を知らないHIV陽性者

TOKYO AIDS WEEKS日本エイズ学会にはじめて参加しました。

 

学会が初めてなのは、仕方ないかもしれません。でも、TOKYO AIDS WEEKも初めてというのは、ちょっとはずかしい話です。感染を知るまで如何に僕がHIV・AIDSに無関心だったかを物語っています。

 

たくさんのプログラムの中で僕が最初に参加したのは、映画「BPM」の試写会でした。BPMは、今年のカンヌ映画祭のグランプリ受賞作品で、第90回アカデミー賞外国語映画部門フランス代表にも選出された話題作です。

 

舞台は、1989年のフランス・パリ。HIV・AIDSの当事者団体である「Act Up-Paris」の活動と、そこで活動する人々の様々な思いが描かれます。

 

当時は、HIVに感染するとかならずAIDSになり、それを抑える術はありませんでした。HIVはすなわちAIDSであり、AIDSは「戦争」でした。

 

HIV陽性者の予後を劇的に改善することになるART療法が導入されたのが1996年。それ以前には、医療者に患者を助ける手立てがなく、患者本人や周囲は死の訪れを待つことしかできませんでした。映画の中のAct Upの仲間も、一人また一人と死んでいきます。

 

医療者が何もできないなんてありえるのかと思いますが、当時は本当にそうだったのです。上映後のトークセッションで、当時パートナーをエイズで亡くした大塚隆史さんは次のように言っていました。

 

「医者に言われました。できることは何もありません。ってね」

 

遅々として新薬を実用化させない製薬会社への憤り。有効な予防手段を講じない行政への苛立ち。無関心な社会への怒り。映画の中の当事者とその支援者を突き動かしているのは、まさに怒りでした。

 

そして、戦争のさなかの恋、セックス。

 

HIVが人と人を分断し、つなぎ、また分断していく。そんな様子が、低音の効いた4ビートのBGMに乗って淡々と、赤裸々に描かれていました。

 

この映画は、いろいろな意味で1年前にHIV陽性であることを知ったばかりの僕を動揺させました。

 

映画の中の当事者たちが抱えていた生々しい恐怖と焦り、救いが見えない絶望と悲しみ。それは、2017年を生きる僕が心の奥底に無意識のうちに潜ませている不安や恐怖をえぐりだすように迫ってきました。正直、映画を見ているのがとてもつらかったです。

 

そして、映画の中の状況と、いまの僕ら陽性者が置かれた状況とのあまりにも激しいギャップ。

 

毎日普通に会社に行って食事をして遊んで笑いながら暮らす僕は、本当に映画の中の彼らと同じ病気を持つ人間なのだろうか。

 

病院に行けば有効な治療が豊富に準備され、行政も製薬会社も僕らにサポーティブ。社会にも、関心を持ち正しく理解しようとアプローチしてくれる人がたくさんいる。

 

すべてが真逆です。

 

そんな恵まれた環境の中で、僕らは病気のことがバレないようにと、ただそれだけを必死に頑張りながら生きています。当時、もっと生きたいと願いながら為す術もなく旅立っていった人たちは、今の僕らを見て何を思うだろう。僕らに何を言いたいだろう。

 

見終わった後も、ずっとそんなことを考えていました。 

 

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最近になって治療を始めた僕たちは、戦争を知らない「戦後生まれ」です。

 

当時を知る人は、今の陽性者にこんな思いを抱くのではないでしょうか。あのときに比べれば本当に幸せだ。だから、みんな心穏やかに過ごせればそれがいちばんだと。

 

しかし、僕らにはいまがすべて。戦争との比較対象としてではなく、過去と切り離していまを見れば、戦後生まれの僕らにもきっと僕らの「怒り」があるはずです。それはきっと、先輩たちから引き継ぐものではない、僕たちの内部から沸き起こる現代の怒りです。

 

戦後生まれの役割と怒り。それを探し、そこから社会を変えていくことが、30年前に戦争でこの世を去った人たちに僕らが報告できることなのかもしれません。

 

BPMの日本での一般公開は、2018年3月の予定。ぜひたくさんの人に見てほしい作品です。

bpm-movie.jp

この映画の感想はいろいろな人が発信していますが、おススメは次の3つ。ぜひ合わせて読んでみてください。

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最後まで読んでくれてありがとう!