ひっそりと咲く花
二ヶ月ぶりの診察。
インタビューを受ける予定だと雑談で話したことを、主治医の先生は覚えていました。
「インタビューの内容は世に出るんですか」
「はい、ウェブ上で公開されます」
「社会の認識が進むことにつながるといいですね」
この若い先生は、ときどき「社会」に言及します。何の気なしに言ってみました。
「最近LGBTが流行りじゃないですか」
「ああ、話題になってますね」
「HIVもあんなふうになってくれるといいかも」
血圧計を腕から外しながら、先生は言いました。
「個人的には、ひっそりと咲いていてくれればいいです。目立たなくても、枯れさえしなければ」
世の中の関心は大きいほど良い。単純にそう思っていた僕に、先生のことばはちょっと意外でした。
良くも悪くも、世の中に広く知られた疾病、HIV感染症。当初パニック気味に報道されたおどろおどろしい死のイメージは、世の中の関心が薄れた今も、野獣の亡き骸のように広い草原に置き去りになっています。
そんな病気、そしてそれを取り巻くものの変化に、大病院の最前線でずっと向き合ってきた先生は、草原にひっそりと咲く花の傍らに腰をおろすまでのあいだ、何を見て、何を想ってきたんだろう……。
もうすぐ世に出るインタビュー。その拙く短い言葉は、草原に芽吹くでしょうか。仮に芽を出し花開いたとして、いつまで枯れずに咲いているでしょうか。
ブログ書いてみようかな。
きっと悲壮感も感動もない、朴訥としたジミな文章になるのだろうけど、それこそが2017年の日本におけるHIVの客観的な姿なら、それもまた一つの自然な声。
ひっそりと咲く花。先生の言葉、いつかは理解できるかな。